アメリカ大豆協会

瀬良英介ニュースレター

瀬良英介の一般業界向け
飼料・畜産トピックス
2008年7月 (188)

日米の大豆エクストルーダー開発者と販売者の訃報

ウェイン・フォックス氏(6月19日)と野澤眞一郎氏(7月3日)の訃報は飼料用大豆エクストルーダー周辺の一つの時代が過ぎたという点で実に感慨深く、一抹の淋しさを憶えます。故フォックス氏と故野澤氏については個人的な出会いがあり、アメリカ大豆協会在任中にも多くの交わりがありましたので、それらを若干思い起こしてみたいと思います。

米国で一軸式の大豆エクストルーダーと云えばアイオワ州デモイン市郊外のトリプルF社で故ウェイン・フォックス氏が共同開発したインスタプロ・エクストルーダーのことを指すでしょう。フォックス氏と同僚のレロイ・ハンソン博士に最初に会ったのは筆者がまだアイオワ州立大学の学生のときですから45年ほど前です。そのフォックス氏(トリプルF社のCEO、88歳)は先月(6月19日)に召されました。フォックス氏は兄弟でフォックスビルト飼料会社を第二次世界大戦後から経営していましたが、それを1961年に売却して、トリプルF社を立ち上げていますが、その理由は、大豆を押圧出するエクストルーダーを開発することにありました。彼は、そのほうが大豆やとうもろこしも作る養豚農家のためになると考えたからでした。

その当事、アイオワ州では大豆の生産がかなり伸びてきた時代ですが、通常、大豆は搾油工場に売られ、そこで油分を溶剤ヘキサンで抜いて熱処理した大豆ミール(大豆粕)が飼料用の蛋白質原料として飼料会社や農家に売られていました。勿論、この大豆ミールが現在の米国でも飼料蛋白質源の主流であることは間違いありません。

アイオワ州の農家は、その当事から養豚も母豚30〜50頭の一貫で行っているところが多かったので、自家生産のとうもろこし粒を小さなハンマーミルで粉砕し、飼料会社から買った蛋白質サプリメントやビタミン・ミネラル・プレミックスを買い、或いは、搾油工場から買った大豆ミールを足して自家配合飼料を作っていました。ここのエネルギーと蛋白質のかなりの部分をエクストルード大豆で補うほうが利益を他所に渡さなくて済むということになります。

私は、丁度、アイオワ州立大学で家畜栄養学の実践応用講座のクラスを取っていた時期で、クラス全員が教授と一緒にバスでトリプルF社に出かけてエクストルーダーについて説明を受け、工場の現場や農場を一日がかりでつぶさに案内して貰ったのです。そのときの説明と案内を行ったのがフォックス氏と当事は、まだ若く、トリプルF社の新鋭の家畜栄養専門家であったレロイ・ハンソン博士でした。それはクラスの学生全員にかなりのインパクトを与えました。

それから8年ほど経ってからイリノイ州ワコンダのゴールデンオークス農場に所有者であるロバート・ヘンリー氏の計らいで家族と共に来ていた私が、尊敬していたヘンリー氏の突然死をきっかけにアメリカ大豆協会日本支部の家畜栄養担当として帰国赴任することになったのです。それには大学の先輩であった故チェット・ランドルフ氏が、まだアイオワ州ハドソン村に協会本部があった時代に専務をしていたことと、在学中から何度も強い誘いがあったことにもよります。したがって、赴任後、1970年代から1980年台にかけて大豆ミールはもとより、トリプルF社の大豆エクストルーダーとエクストルーダー処理した大豆の技術啓蒙を養豚、養鶏、酪農に対して行いましたので、数多くの畜産飼料視察研修チームを編成して母校やトリプルF社を訪問しました。

アメリカ大豆協会を通しての啓蒙以前から、この大豆エクストルーダーにいち早く目をつけて輸入手続きを始めていたのが畜産専門商社の大御所、野澤組でした。したがって、私も早い時期から故野澤眞一郎氏とは懇意にしていました。

  故野澤眞一郎氏は、徐々に先代の後をついで専務になり、社長になり、会長へとなる過程で日本の畜産、飼料、また、乳製品やチーズ業界を多角度から牽引した貢献度は非常に大きいものでした。その野澤氏も昨年暮れから具合が悪く、御長男の社長就任と社内経営陣の整備を行ったあと6月に亡くなり7月3日(享年72歳)、青山斎場で社葬が執り行われました。フォックス氏(享年88歳)と違い、72歳というのはまだ若いので残念だったと告別式に列席してつくづく感じたものです。故野澤氏は畜産・飼料・乳製品業界の中では無理な経営を避け、リスクを多大に背負わないように細心の注意を払っていました。時折、石橋を叩いても渡らない社長と皮肉を言われるほど注意深い人でした。

そのことは、エクストルード処理大豆や中国でハンソン博士が見つけた昔のエクスペラーを改良して作ったエクスペラーとそれで処理した大豆や大豆油の輸入販売などを考えておられたときに頂いた手紙、電話、或いは、会合で意見や見解を求められたときに感じたものです。その昔、エクストルーダーを北海道大樹町の自社農場に導入して試験をするときにも彼が色々とする質問の内容から、エクストルーダーやエクストルード大豆が野澤組のメイン商品ではないのにもかかわらず、社長自ら非常によく勉強して下調べをしておられたことに内心感服したものです。

フォックス氏亡きあと、レロイ・ハンソン博士がトリプルF社(インスタプロ)のCEOに就任されたので、恐らく、野澤組の畜産飼料部も新体制の下で色々なつながりが起きるのでしょう。それは、日本の畜産・飼料業界や現場にも今までとは違う貢献をするようになるのであろうと切に願っています。亡き両氏の活動はアイオワ州や他の州の大豆生産者が生産出荷する大豆を米国国内のみならず、日本の飼料大豆業界で大豆を使う面でも間接的に多大な貢献をしています(P良、2008)。
 
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